ヨガは、いつでもどこでも、ひとりでも、何一つ道具がなくもてできるところが素晴らしいと思う。
そして、大会や発表会もないところも、きっと私には合ってるんだろうと思っている。
そういえば、中学の部活をバレーボールかテニスにするか迷っていたとき、
父が「アホか、お前みたいなやつ、団体競技なんかできるか~、テニスにしとけ!」と言った(怒っているわけではない)。
ほめられてるのか、けなされてるのか、、
結局、友達と一緒ってことでバレーボールにしましたが、
普段遅くまで帰ってこない父が、私の何を見てそんなことを言うのかと思っていたけど、
今となっては、やはり親は自分の子供のことをよくわかってるんやな~と感心させられた思い出。
ひとつ上の兄は中学からラグビー部でした。
ラグビーの聖地、花園ラグビー場がある東大阪市に育ち、おまけにスクールウォーズ世代です(^^)
当時のボールは今のような白っぽいボールではなく、皮でできた薄茶色の、まさにラグビーボールでした。
兄はそれを家に持って帰ってきて、あぐらをかいて座り、
バナナの皮や「つばをかけて磨くといいんや」と言って、よく手入れしていました。今思うとゲッ!ですが( ゚Д゚)
先日、私も床にあぐらをかいて座り、ヨガブロックをひとつずつ拭いていたらそんな兄の姿を思い出しました。
「道具を大事にする」
教師をしていたときも、運動部の顧問の先生は子どもたちに野球やサッカーの技術だけではなく、
礼儀やボランティアなどの奉仕の精神、そして道具を大切にするということを教えていました。
ヨガではたったひとつ、ヨガマットを使います。
思い起こせば、私も何年間も毎日マットを担いでヨガスタジオに通い、
終わったあとはそれを持っったまま、百貨店やスーパー、銀行、どこにでも行きました。
初めて買ったスリアのマットには、懐かしいダンカン・ウォンのサインも残っています。
マットがこげ茶色なのでほとんど見えませんが、毎日毎日ずっと一緒でした。
私はヨガで、心も体も、人生も大きく変化しました。
心も体も硬かった昔の私も、今の私も、これからも、、
どんな自分のときも全部知っているんだと思うと、とても愛おしく思えてきます。
マットは、自分だけの、その人だけの小さくて大きな世界。
だから、自分のマットも、人のマットも大切に扱いたい。
ありがとう。



