50歳、めざせ「24時間自由人」!(^^)!

お誕生日のお祝い、温かいメッセージをありがとうございました。

ついに、、6月で50歳になってしまいました(^^ゞ

 

で、、キダタロー(94)に今くるよ(76)、ざこば(76)まで、、

よく知った人、なじみのある人が亡くなると、

どこかでまだまだ自分には関係のないように思いたい「死」というものが、急に現実味を帯びてくる。

私自身も、早ければあと2~30年?

そう思うと、人生アッという間やな~。

 

子供の頃は自分が50になるなんてことは全く想像もしなかった。

でも、生んでもらったその日から一日一日、一年一年、確実に時が流れ(休むことなく地球が回転し)1つ1つ年をとり今に至るのだと思うと、

時間というものは絶対に止まらない(自然の流れには決して抗えない)ということを思い知る。

私たちは誰もが平等に、順番に「死」に向かっているのだと納得せざるをえないのです。

 

ならば、、

気になっていること、興味があること、やり残したことは何でもやってみようと、今まで以上により一層そう思うようになりました。

飽きたり、向いていないと思ったらそれまで、はい、次!

と思うと、人生めっちゃ楽しいやん(^^)

いろんなことを言い訳にして、勝手にブレーキをかけているのは自分自身。

「人生楽しまないと!」と、70歳を超えるきなりの先輩方のお言葉も実に心強い!

 

「ますます自由に、もっと我がまま、気ままに」生きていけたらいいなと思います。

 

とはいうものの、これらは少し前まで私の中ではあまり印象のいい言葉ではなかったのです。

ところが、篠田桃江さんの本を読み、→ブログ『人生は一本の線』

 

『自由に → 自らに由って』 

『我がまま、気ままに → 自分の気持ち、心のままに』

 

と捉えるようになると、心が軽やかになるような気がして今ではお気に入りの言葉になりました。

「自分勝手」とは違うのです。

で、50歳、めざせ「24時間自由人」!(^^)!

 

気負わず、自然体で、あるがままに。。

 

これからも自分の生き方に責任を持って、最期に「いい人生やったな~、ありがとう」と思えるように過ごしていきたいです。

 

ありがとう。

 

50歳になって「おとなび早得」とやらで、新幹線のチケットが安く買えた(;・∀・)

お~、次は60歳、いよいよ映画のシニア割引やな(*´▽`*)

はい~。もうとっくに立派な大阪のおばちゃんやのに、

子供から「おばちゃん」と呼ばれると「いやいや、おばちゃんちゃうし」と、一瞬真顔になってしまう。

まだまだ心が年齢に追いついていない、き~よ~ちゃんでした!

 

・・・

 

誕生日にちなんでこの歌を紹介します。

さだまさし、沁みますな~(/ω\)

 

『いのちの理由』

私が生まれてきた訳は

父と母とに出会うため

私が生まれてきた訳は

きょうだいたちに出会うため

私が生まれてきた訳は

友達みんなに出会うため

私が生まれてきた訳は

愛しいあなたに出会うため

 

春来れば 花自ずから咲くように

秋くれば 葉は自ずから散るように

しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ

悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように

 

私が生まれてきた訳は

何処かの誰かを傷つけて

私が生まれてきた訳は

何処かの誰かに傷ついて

私が生まれてきた訳は

何処かの誰かに救われて

私が生まれてきた訳は

何処かの誰かを救うため

 

夜が来て 闇自ずから染みるよう

朝が来て 光自ずから照らすよう

しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ

悲しみの海の向こうから 喜びが満ちて来るように

 

私が生まれてきた訳は

愛しいあなたに出会うため

私が生まれてきた訳は

愛しいあなたを護るため