
6月に50歳を迎え、何か新しい世界をのぞいてみようと、まずは「茶道」の本を読みました。
『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』 森下愛子著
そういえば、実家の食器棚には茶せんも棗もいつもあったし、たしか納戸には茶釜まである。
母の嫁入り道具??
なのに私はお茶をたてたことがないよな。
と、ページをめくってみると、
第一章 「自分は何も知らない」ということを知る
第二章 頭で考えようとしないこと
第三章 「今」に気持ちを集中すること
第四章 見て感じること
第五章 たくさんの「本もの」を見ること
第六章 季節を味わうこと
第七章 五感で自然とつながること
第八章 今、ここにいること
第九章 自然に身を任せ、時を過ごすこと
第十章 このままでよい、ということ
第十一章 別れは必ずやってくること
第十二章 自分の内側に耳をすますこと
第十三章 雨の日は、雨を聴くこと
第十四章 成長を待つこと
第十五章 長い目で今を生きること
これってヨガの本!?
そして、思いもよらなかったことに、お茶席において掛け軸は最も重要なアイテムだそうで、
茶会の趣旨や主人のメッセージを伝える役割、さらに季節感を出す役割などがあるとのこと。へぇ~。
茶道の根底にある「禅の文化」を表す禅語が書かれていることが多く、よく知られている「一期一会」「和敬静寂」「日々是好日」など。
ほぅ~。
知らない世界をのぞいてみたつもりが、
禅語のカレンダーを毎朝日めくっているし、子供の頃から親しんできた「書道」にも関係が深いとは、、、
やはり「〇〇の道」というのは、どの世界も大切にしていることは同じなんやなと、私の中でまたつながりました。
で、本の中で印象に残ったところをいくつか、、
①第十章 このままでよい、ということ(185ページ)
「このままで、いいじゃないか」
「やめる」「やめない」なんて、どうでもいいのだ。それは、
「イエス」か「ノー」か、とはちがう。ただ、「やめるまで、やめない」それでいいのだ。
②第十三章 雨の日は、雨を聴くこと(219ページ)
私たちは、雨が降ると、「今日は、お天気が悪いわ」などと言う。けれど、本当は「悪い天気」なんて存在しない。
雨の日をこんなふうに味わえるなら、どんな日も「いい日」になるのだ。毎日がいい日に・・・。
「日日是好日」=毎日がよい日!
③第十四章 成長を待つこと(229ページ)
どの答えが正しくて、どれが間違っている、どれが優れていて、どれが劣っているということはなかった。
人はみんなちがうのだから答えもちがう。お茶は、一人一人のあるがままを受け入れている。
あれほど、「人を型にはめるがんじがらめの世界」だと思っていたのに、実はすべてが自由だったのだ。
厳格な約束事に縛られた窮屈な茶道の中に、個人のあるがままを受け入れる大きな自由がある・・・。
ヨガの教えもあり、「ものごとを違う視点、真反対、真逆から見ること」は私なりにかなり意識していたつもりだったのですが、
知らず知らずまた偏ったものの見方や考え方をしているな~と改めて気づかせてくれた本でした。
そんなある日、テレビに茶道裏千家、千利休の子孫であるという千玄室さんが出てきた。101歳!
戦争経験者として、お茶を通して平和を訴える活動をされている。
とても101歳とは思えないお姿や話しぶりに驚くばかりか、かっこよすぎて見入ってしまった。
言っていること、やっていること、考え方、本当にすごい!
視聴者からの質問にも、一人ひとり丁寧に答えていく。
お茶を習っているという歯が抜けているくらいの小さな女の子にも、子供扱いせず同じように敬意を込めて話されていた。
おごらず、偉ぶらず、本当にすごい人だと思った。
「すごい」しか出てこないのが情けない(*ノωノ)
で、その女の子の質問が、
「私は濃茶が苦手です。先生は濃茶と薄茶のどっちが好きですか?」と聞かれ、
「私は濃茶が好きです。あなたもぜひ濃茶も飲んでみてね」と千さんが言った。
フツー、たいていの人はそこで「はい、わかりました」と答えるであろう。
ところが、その女の子は、はにかみながらしばらくもじもじしていている。
見かねたお母さんが「ほら、ほらっ」と女の子を小突いた。
それでようやく不本意ながらも女の子がゆっくりと首をタテにして終了~。
101歳と7歳くらい?とお母さんのこのやりとりがおもしろすぎて笑った。
この子、ホントに濃茶が嫌いなんやな。
いや、まさに「いろんな答えがあっていい」ということをこの女の子からも教えてもらいました。
濃茶と薄茶の違いも知らんけど、、
なんか茶道っていいもんみたいですね~(*´▽`*)
ということがわかった、き~よ~ちゃんでした。
ありがとう。



