昨年のクリスマス、生徒さんの亡きおじいさん、画家の築山節生さん(1906-1986)が描かれた絵をたくさん展示していました。
期間限定の「きなりギャラリー」。
教室の窓に教会のステンドグラスの絵を飾り、正面には大きなリース、他の絵の周りにキャンドルを灯して行った夜のレッスンは、
まさに教会にいるような静かな雰囲気がしてとてもよかったです。
絵を購入してくださった方もいて、おじいさまもさぞかし喜んでいらっしゃるのではないかと、私もうれしい気持ちになります。
ありがとうございました。
で、私はこの1年、ようやくまた「書」の勉強をしようと思う機会や気持ちが巡ってきて、
亡くなったお習字の先生が書いた作品(幼くして亡くされた娘さんやお母さんのことを俳句に詠んでいる)を読み解いていたこともあり、
どちらもこうして亡くなられて何十年たった今もなお、その方にふれているというのはとても尊いことだと思いました。
明治、大正、おそらく大変な時代を生きてこられたお二人の人生があって、
そこにいろいろなご縁やつながりがあっての「今」、私の手元にこれらの作品があるのだと思うと、いろんなことを思い涙が出てきます。
「人は二度死ぬ」というそうです。
一度目は、いわゆる一般的な「死」。
二度目の死は、「人の記憶の中から忘れさられた時」。
ディズニー映画『リメンバー・ミー』がそうのような内容でした。
子供の頃からお世話になったいろ~んな人のことを思い出して、元気にしておられるかな~とよく思うのですが、
今、私が50歳。きっともう亡くなられている方もたくさんいるでしょうし、実際に連絡しても返事がないこともありました。
ここ数年は、両親とももういつ会えなくなるかもしれないと思うようになったし、
年老いた親戚なども、これで元気な顔を見られるのも最後かなと思ったり。。
この歳になってようやく「一期一会」という禅の言葉の意味が身に沁みてわかるようになった。
「次はない。これでもう二度と会えないかもしれない」ということ。
だからこそ、誰に対しても後悔のないように、丁寧に謙虚に接しないといけないなとも思う。
そうすると、「さよなら」や「ありがとう」も、きっともっと心のこもったものになるんじゃないかな。。
今も心がけていますが、これからも相手が見えなくなるまでそんな思いで見送りたい。
「ありがとう。どうかお元気で、また会いましょう」と。
改めて、祖父母を含め、今まで私によくしてくださった人たち、大切にしてくれた人、愛してくれた人たちに、
もう直接会ってお礼を言うことはできなくても、これからもずっと心の中で感謝し続けたい。
そうしたら、その人たちは少なくとも私が生きている限りはずっと生き続ける。
そして、いよいよ私が死んだとき、その人たちと次は天国?地獄?極楽浄土?でまた会えたらいいな。
教師時代、私が転勤するときにお餞別の袋に「また逢える」と書いてくれたおじいさんの先生。
それからお会いできなかったけど、そういう意味にもとれるのではないかなんて今思う。
お習字の先生もお母さんや娘さんと会えたかな。
私もおじいちゃん、おばあちゃんにいつかまた会えるそのときまで、私は私の人生を生ききるしかない。
楽しもう。
すべてのことに感謝します。
アニメの映画はほとんど見ることがない。
『リメンバー・ミー』は最近「金曜ロードショー」で見た。
ジブリにはほとんど縁がなく、ナウシカもトトロも見たことがない。
なので、『ファインディング・ニモ』を「ファイティング・ニモ」、→争ったらアカンな。
『借りぐらしのアリエッティ』を「一人暮らしのアリエッティ」→友達できるかな?だと思っていた。
『崖の上のポニョ』より「崖っぷちのエガ」の方が好き♡
いろんなことにものすごくテキトーな、き~よ~ちゃんでした!
ありがとう。



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