釜山、桜といい人たちと

春、桜の季節。

いろんなことを思い出し、心がふぅ~となる。

 

お花見をしに釜山へ。

福岡と釜山は気候が似ていて、桜満開の予報。

今回の飛行時間はたったの36分!いつものことながら安・近・楽!

 

その昔、日本人がサクラを植えたという背景があるとのことですが、空港から市内に向かうまでもそこかしこに咲いている。

わざわざお花見スポットまで行かなくてもいいくらい。

ですが、せっかくなので川沿いに咲きほこるサクラの名所を訪れると、ステージや屋台がズラ~っと並び、お祭り感満載。

小さな子供連れの家族も多く、みんなウキウキ、春を楽しんでいました。

 

もう一つのお目当ては、「影島大橋」という跳ね橋。

昔は大きな船が通るときに、一日に何度も開閉されていたという橋。

交通渋滞を招くなどの理由で、現在は毎週土曜日の14時~、週に1回のみ。

14時ちょうどに橋が封鎖され、見物客が道路に溢れだす。

ギリギリ通過できずに止められた車の列はどんどん長くなり、15分間足止めされる。

端の真ん中が開くのではなく、橋の片側がせり上がってくるので、さっきまで平坦だった道路がまるで巨大な壁のようにそびえ立つ。

大迫力のショータイム。

でしたが、少し歴史をたどってみると、

この橋は朝鮮戦争で北朝鮮から釜山に逃れてきた避難民たちが、生き別れた家族と待ち合わせる場所になっていたとのこと。

橋のたもとに避難民家族の銅像が立っていた。

 

そして、韓国の歴史に関わるもう一つの場所、先日、NHK『小雪と発酵おばあちゃん』という番組で紹介された「牛岩洞」という町へ向かう。

釜山は港町。

その昔、日本が韓牛を日本に送るための拠点としていた集落。

当時はたくさんの牛舎が建てられ、のちに住む場所のない避難民たちがその牛舎に住んだという。

屋根に小さな換気口しかないその牛舎が今も残っている。

彼らが生きるために魚などを取引きする露店や闇市を始めたことが、現在では観光スポットとして有名なチャガルチ市場や国際市場。

 

同じく人気の「甘川文化村」もそうだが、釜山は山も多く、山の上に住むしかなかった避難民たちは、

水を汲むために急な階段を一日に何度も上ったり下りたりしたそう。

今ではお年寄りが多くなり、そんな階段の脇に小さなケーブルカーがある場所もいくつかある。

 

何度も訪れるうちにいろんなことがつながってきて、単に「韓国楽し~♡おいし~」というだけの旅ではなくなり、

今までと町や人の見え方が変わってくる。

もっと知りたくなり、次は日本人の墓石で建てられた家が残るという町、「碑石文化村」に行こうと思う。

 

とはいえ、花より団子。

地元の人でいっぱいの焼肉やさん。

炭火の火がうまくつかないなど、まごまごしていたら隣の席にいた家族がいろいろと教えてくれた。

で、お父さんが日本語が話せたので少しお話をしました。

その家族が先に帰り、しばらくしてこちらも会計しようと思ったら、、、

なんと、「さっきの家族が支払っていますよ」と店員さんが言う。

「え?そんなことある~!?」

結構食べて飲みましたけど(;・∀・)

またいつか会って、今度は絶対にごちそうしたい。

 

いや~、春、新年度。

桜といい人たちのおかげで、元気回復!

私も、またもっともっと人に優しくしよう、人のために動こう!と思います。

循環、還元。

 

ありがとう。

 

「その昔」も、もっともっと昔から、もちろん今も、日本と近い国、韓国。

山の上から遠くに見る釜山港は、とても穏やかでキラキラと輝いていた。

20年前、ソウルから1時間ほどのところにある「統一展望台」に行ったことを思い出す。

そこは、川を隔てたすぐ先に北朝鮮の町が見える場所。

韓国人のガイドさんが、「韓国と北朝鮮は同じ民族、いちばん近くなのに、ものすごく遠いのです」と言った言葉が忘れられない。