引き算の哲学

おかげさまで、51歳になりました。

たくさんのお祝いやメッセージをありがとうございます!

 

コロナが流行した時も、去年50歳になったときにも改めて思ったのですが、

「やりたいこと、気になることはどんどん実行しよう!」と、、

①書道の復習(途中)

②ルービックキューブの六面完成(途中)

③ダンスを習う(一回で満足、向いてない)

④お茶、お華の本を読む(読んで満足、やらない)

⑤「絵を描く」ことをNHKの番組で3ヶ月間視聴。柴崎先生♡最高(見て満足、描かない)

 

旅行にも行きたい、ヨガやピラティスももっと勉強したい、読みたい本も山積みで増える一方。

全然時間が足りな~い!のです。

で、当たり前のようにやっていたこと、~しなければならないと思ってやっていたことを思い切って「引き算」することに。

①自分のために通っているヨガとピラティス→ヨガを引き算

②休みの日に行っていた自分への癒し(エステ)も引き算

③毎月ケアに行っていた足のケアも内容を減らして引き算

④心苦しいのですが、「マンデーヨガ」も引き算

などなど。

 

というわけで、諸行無常、いつもまでも同じようにはいかないのだと言い聞かせながら、

長年定休日の月曜日に行っていた「マンデーヨガ」をお休みすることにしました。

楽しみにしてくださっていた方、ごめんなさい。

 

いつも自分が我慢すればいい、大丈夫じゃなくても大丈夫と言ってしまう性格。

何事にも全力。余裕がない。遊びがない。

50歳を機に、もう少し自分の心に正直に、素直に、自分優先に生きることを頭の隅に置こうと思うようにしました。

「自分優先」=先ずは自分に優しく。

少しゆったり、がんばり過ぎず、無理せずに、自分のペースで過ごしたい。のんびりしたい。

要するに、「もうちょっと休みたい」と心の声が言っているのです(^^ゞ

 

そんなこんなんで、ここ数ヶ月、「休む」について考えていました。→「”休む’’について真剣に考える」

「何もしない」のが休み?、旅行など「自分の好きなことをすること」が休み?などと考えた結果、どっちも休みでした('ω')ノ

が、何をしていても何もしてなくても、「気が休まる」のが私にとっての「休み」なんだとわかりました。

もちろん体も休ませてあげないといけませんが、体が疲れたと思うことがあまりないので、

それよりも気(心)が休まることが私にとっての休み!

また一つ、自分を理解することができました。

自己理解、まさにヨガ。

 

先日、レッスンの終わりにみなさんと一緒に瞑想をしました。

今までとは違う感覚がありました。とても集中できて、とても心地いい、このままもっと瞑想を続けたいというような、、

その日は暑くもなく寒くもなく、教室に入ってくる風も気持ちよく、そこにいらっしゃる方の気など、

いろんなことがつながり、一つになったことで瞑想が深まったのだと思います。

「気」って大事。

目に見えないものの力を感じます。

 

で、NHKの絵の番組の柴崎春通先生♡気になる~。

使う言葉や話し方、声のトーンがやさしい!

いつもニコニコの笑顔で褒め上手、そして謙虚!

きっととてつもなく絵がヘタな生徒でも、その気にさせて、やる気にさせて、いい気にさせる。

すばらしい先生でした。

3ヶ月間、柴崎先生から絵よりも?「否定しない」ということを学んだ、き~よ~ちゃんでした。

 

ありがとう。

 

・・・

 

「手放す」ことが苦手なうえに、「もっともっと」と手にしたがる私に必要な考え方です。

 

〇「引き算の哲学」

何かを始める足し算より、何かをやめる引き算を。

 

新井満 『自由訳 老子』

「世の中の行いには足し算と引き算がある

足し算は、たやすいが

引き算は、案外むずかしい

新しいことを一つ始めるよりも

余分なことを一つ減らしなさい

有益なことを一つ始めるよりも

無益なことを一つ減らしなさい」

 

・・・

 

〇過去のブログ

 

「自分のコップの満たし方」

 

「『気』の持つ力」